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高幡不動尊金剛寺 2024年8月18日(日)
投稿日
2024/08/18
 2024年8月18日。日曜日。
 10時46分、小作駅のホームで、コーヒーを飲んでいる。
 高幡不動が気になったので、今からそこに行ってみようかと思っている。
 なぜ、高幡不動が気になったのか?
 御岳山関係の本(古文書にみる武州御嶽山の歴史 岩田書院)を読んでいると、高幡不動の話が出てきたのだ。その著者(村上直)が、御岳山の武蔵御嶽神社を研究する前は、高尾山薬王院や高幡不動も研究していたらしい。高幡不動は東京都日野市にあり、家からけっこう近いので、そこがどんなどころなのか、一度行ってみたいと思った。
 そして昨日、実際に行ってみようと思い、行き方をヤフー路線で調べてみると、思ったよりも交通費が高いと感じた。片道495円もかかる。立川駅で乗り換えて、立川南駅から多摩センター行きのモノレールに乗るらしい。
 それを見て、なんか面倒くさいなと思った。それで昨日は行くのをやめた。
 しかし今日、十時ごろ起床して、やっぱり行ってみようと思った。それほど特別に高幡不動に興味がある訳ではないか、かなり気になってしまっているので、一度は行ってみないことには、気持ちが収まらない。だから今日、行ってみることにした。
 それでも駅に向かう途中に、やっぱり行くのはやめようかと思ったりもしたが、やっぱり、行ってみる事にした。
 今日は日曜日である。先週の日曜日は、御岳山に行った。週に一度の日曜日くらいは、多少は贅沢をしても良いのではないかと思った。それで今、高幡不動に向かっている。
 11時03分、電車の中にいる。次の駅は昭島駅である。
 今日はまだ食事をしていない。だから後で駅のコンビニでパンでも買っておいた方が良いかもしれない。店で食ったりすると高いので、前もってパンを買っておいた方が良いだろう。
 高幡不動駅は、立川南駅からモノレールで四駅である。
 高幡不動はその名の通り、不動明王を御本尊とした寺なのだろう。グッグルマップで見ると、かなり大きな寺のようである。
 電車の中で、若い男が、若い女を口説いている。
「前の彼氏はどんな奴だったの?」
 という様なことを、さっきからずっと尋ねている。その男の熱意は並々ならない。その女をゲットしようと、躍起になっている。ジャニーズっぽい顔立ちの男である。電車の中、人目を気にせず、アタックしまくっている。「結婚」というワードも出てきた。
 男はタメ口で、女は敬語である。女はその男にあまり興味が無さそうだが、アタックされることは、満更、嫌ではないらしい。女のほうも、ふにゃーとした感じながら、多くを語っている。
 さて、次は立川駅だ。着実に高幡不動に近づいている。
 立川駅のホームのコンビニの二人の店員は、二人とも高齢女性であった。そこでカマンベールチーズクリームパン(パネスト)(150円)を、二袋購入した。これで空腹対策は万全。
 立川南駅に向かう道端に、四十代くらいの男性が、ビール缶を傍に置いて、座り込んでいた。一瞬、その人と目が合ってしまった。ホームレス風の男性だが、その缶ビールはどうやって買ったのだろう。空き缶集めでもして、稼いでいるのだろうか。
 11時35分、モノレールの中にいる。
 久しぶりにモノレールに乗っている。大きな地震でもあったら、車両が下に落ちてしまいそうだ。最近は地震が多いと感じている。「南海トラフ」などという言葉も、気になっている。
「ママ、おしっこー!」
 と、子供が叫んでいる。
 車窓からの良い景色。川である。
 モノレールはゆるゆると進んでいく。
 次は甲州街道駅。
 その次が万願寺駅で、その次がいよいよ、高幡不動駅である。
 車窓を見る。もう高幡不動が見えるのではないか? 後でまたコーヒーを買おうかと思う。
 流石に腹も減ってきた。
 また川が出てきた。
 そして高幡不動駅に着いた。
 12時11分、高幡不動尊の中のベンチに座っている。
 新撰組の土方歳三の像。観音像。解説板も多い。
 高幡不動尊は、かなり大規模な寺院である。初詣なんかは、かなり人が多そうだ。
 蝉が鳴いている。
 今日は少し曇りであり、それほど暑くない。
 高幡不動尊がどんな場所なのか、おおむね感じは掴めたように思っている。高尾山薬王院と、似た雰囲気の寺院である。
 ではそろそろ、帰宅してもいい頃か。
 ここにまた来たくなるだろうか。あるいは一度来れば充分だろうか。
 しかし高幡不動駅周辺は店も多く、随分と都会である。住むには良い場所かもしれない。しかし家賃は高そうだ。
 アブが纏わりついてくる。
 そろそろ帰るか。もう、けっこう気は済んでいる。
 12時45分、帰路に着いている。
 スーパーで十割蕎麦とやらを購入した。200グラムで、400円。
 今、高幡不動駅のホームで、モノレールを待っている。
 今日中に消費しなければいけないツユがあるので、そのために十割蕎麦を買ったのである。
 現在、冷蔵庫を使わない生活をしている。冷蔵庫のモーター音の無い静かな生活に慣れてしまうと、なかなか冷蔵庫生活には戻れないものだ。節約したいなら、冷蔵庫を使った方が良いのだが。
 今は涼しいモノレールの中にいる。
 またコーヒーを買おうかと思ったが、別にそれが飲みたいわけではないので、単に習慣のような感じでそれを購入してしまうのは、やめておいた。
 しかし今日、高幡不動尊に行ったことで、今度は秩父の札所巡りなんかもしてみようかなどと、少し思いはじめている。それも気が向けばするかもしれないが、そうすると、金は色々とかかってしまいそうだ。
 しかし今、気が少し大きくなり、いささか財布の紐が緩んでいる。今日はこれから立川駅構内の山田鶏屋で、久しぶりにパリジューチキンでも購入してやろうかと目論んでいる。
 しかしどうしよう。やっぱりそれは贅沢し過ぎかもしれない。今日はこのまま素直に帰った方が良いかもしれない。
 今、柴崎体育館駅。
 そして今、立川駅のホームで、電車を待っている。
 やはりパリジューチキンは買わずにおく。それは一個299円であったと思う。買うとなると、四個くらいは買うだろう。それは贅沢すぎると感じている。
 だったらスーパーでキノコ関係を色々買って、それをフライパンで焼いてみるのも面白い。家にある削りブシや醤油で味付けをしてみると良いだろう。シメジやエノキ、エリンギとか、色々買ってみようか。なんならキャベツとかも買って、野菜炒めにしてみるか。最近の食生活は、野菜不足だと感じている。だから今日はチキンよりも、野菜やキノコの方を食べた方が良いのではないか。
 十割蕎麦はまだ食べず、また別に、安い蕎麦を買うのも良いだろう。せっかくの十割蕎麦は、また別の機会に食べようか。
 そして電車のドアが閉まり、動き出す。
 まだ13時11分である。
 家に帰って、食事をして、少し読書でもしようか。
 あの、高幡不動を研究した人(村上直)の文章なんかも、また少しだけ読んでみようか。高幡不動を五年ほど、高尾山薬王院を五年ほど、そして御岳山の武蔵御嶽神社も研究して、それらの研究成果を本にした人物。
 しかしそれとは別に、小説を四冊、同時進行で読んでしまっている。「豊饒の海」(三島由紀夫)、「坊ちゃん」(夏目漱石)、「雪国」(川端康成)、「親鸞」(五木寛之)の、四冊である。それらをそれぞれ毎日少しずつでも読み進めていかなければいけない。
 それと村上春樹の「街とその不確かな壁」も家にあるので、それも読み始めたいところである。なんなら今日一発目の読書は、「街とその不確かな壁」にしてやろうか?
 しかし、あまり同時に読み進めてしまうと、それぞれの小説の内容を忘れてしまいそうだ。それを避けるため、それぞれを毎日少しずつでも読まなければいけない。
 なんなら読むのはそれぞれ一ページずつでも良いのかもしれないが、一ページだけだと、ますます訳が分からなくなってしまうかもしれない。やはりそれぞれ、キリの良いところまでは読まなければいけない。
 しかしもっと柔らかめの小説なんかも、それに加えた方が良いのではないか。映画化やドラマ化したような小説も、加えた方が良いだろうか。「0・5ミリ」(安藤桃子)とか、「かもめ食堂」(群ようこ)なんかも家にあるので、それらも同時読みリストに加えた方が良いだろうか。
 まあとにかく、とりあえずは加えるのは、「街とその不確かな壁」だけにしておこうか。夢枕獏や浅田次郎の小説なんかも、それに加えたいところだがなあ。
 しかし私は、読むのが遅いのだ。そして、忘れっぽいのだ。だからあんまり本を増やし過ぎるのは良くない。
 いや、それでも敢えて、ガンガンに増やしてみるか?
 司馬遼太郎の「空海の風景」なんかも、読み始めてしまおうか。
 家には買うだけ買って読んでいない本が、山積みである。なんなら新田次郎の「武田信玄」なんかも、全然読んでないぞ?
 全部同時進行で、読み進めてみようか。


 高幡不動尊金剛寺の歴史

 真言宗智山派別格本山 高幡山明王院金剛寺 は古来日本一と伝えられる木彫の丈六不動三尊像をご安置する寺で、高幡不動尊と呼ばれて親しまれている。
 古文書等に大宝以前の草創、行基菩薩の開基と記されているが、平安時代初期に慈覚大師(円仁)が清和天皇の勅願によって当地を東関鎮護の霊場と定め 山中に御堂を創建したことが知られている。(重文・文永の鰐口銘文)
 後、健武二年(一、三三五年)の大風によって山中の堂宇が倒壊し、時の住僧 儀海上人が七年の歳月をかけて康永元年(一、三四ニ年)麓に移建したのが現在の不動堂で東京都最古の文化財建造物である。
 不動堂はその後建て直された仁王門と共に中世の密教建築の代表的遺構として旧国宝(現重要文化財)に指定されている。
 鎌倉時代以後の高幡不動尊は十院不動堂と呼ばれた談議所(学問所)で真言宗武蔵方(虚空蔵院儀海方)の中心寺院であった。
 足利時代「汗かき不動尊」と呼ばれて鎌倉公方をはじめとする戦国武将の尊崇をあつめ、江戸時代には関東十一檀林に数えられ「火防の不動尊」として広く庶民の信仰をあつめたが、安永八年(一七七九年)の業火により大日堂及び奥院の諸伽藍を全焼した。
 その後 徐々に復興に向い、殊に近年の五重塔建立・宝輪閣の建設・奥殿の完成等により堂塔伽藍が整い往時を凌ぐ程の寺観を呈するようになった。
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