登山サークル アウトドアチャイルド

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高尾山幻想譚
投稿日
2024/09/19
 高尾山が好きすぎて、こっそりそこで棲みはじめた彼は、仏教に興味を持っていた。
 そこには薬王院という真言宗のお寺があり、御本尊は、飯縄権現が祀られていた。飯縄権現の両脇には随身として、大天狗小天狗がひかえていた。飯縄権現は不動明王の化身であり、不動明王は大日如来の化身である。日本に初めてキリスト教を伝えた宣教師――聖フランシスコ・ザビエル司祭は、キリスト教の神のことを、大日如来と紹介した。
 輪廻転生――死んだあと、生まれ変わるという、仏教の教えである。人間界に生きた彼は、善行を積み、天上界でも生きたいと願っていた。
「いつもありがとうございます。おかげさまで、今年もたくさんの樹木が芽を出しました」
「それはよかったですね……」
「あなたが隠したどんぐりが、芽を出したのですよ」
「ああ、うっかり食べ忘れていたやつですか……」
「それが新しい樹木を生みだしたのです」
「そうですか……」
 どうやらその者は、山中で違法に棲み続けている彼を追い出しにきたパトロールの者ではなかった。夜中の高尾山を歩きまわる、人懐っこい笑顔の、狂人のようであった。
「では、もうお別れです」
 さみしそうに云う狂人の背には、白い羽が生えていた。
「さようなら」
〝天狗〟は、空高く飛び去った。
 彼はそれを、ぼんやりと眺めていた。
 突然、低木の茂みが、がさがさと音を立てた。
 彼はハッと我に返った。
 そこから、巨大な、毛むくじゃらのバケモノが飛び出してきた。
 彼は金切り声をあげた。
 バケモノはその前足で、しっかりと彼を、地面に押さえつけた。そして彼の頭蓋骨を、ばりばりと、かみ砕いた。
 巨大な恐怖に包まれながら、彼は痛みを感じる間もなく、絶命した。
(ああ、そうだった……)
 最後の瞬間に、彼は、つぶやいていた。すべてのことを思い出していた。
 人間であった彼はドクツルタケを食べてしまい、アカネズミとして、生まれ変わっていたのだった――
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