大多摩ウォーキングトレイル(3)
投稿日
2024/11/14
「au PAYのアプリはご利用ですか?」
ゴールの奥多摩駅前。私をスタンプラリーの完歩者だと認めたお姉さんが、そう尋ねてきた。
「いえ、使ってません。……クーポンはアプリじゃないと使えないのですか?」
「そうなんです。アプリにチャージして頂くと、割引されるんです」
「そうなんですか……」
完歩したら四十%オフのクーポンが貰える。それを使って奥多摩の店で安く買い物ができる。そう思っていたが、そのためには、アプリのインストールと、チャージが必要であった。
「分かりました。じゃあ、インストールを検討します……」
そう言って、その場から立ち去ろうとすると、
「待って!」
お姉さんは引き止める。
「奥多摩町観光案内所で完歩した人限定で、記念品をお渡ししてますよ!」
それを聞き、案内所のお兄さんから、温泉の素「小河内の湯」を貰った。
(記念品って、たったのこれだけ……?)
そう思ってしまった。
「これが完歩の記念品ですか……?」
「そうです」
お兄さんはそう答える。
au PAYのアプリをインストールするつもりはなかった。だから四十%オフは不可能。
薄々最初から気づいていた。今回のこのスタンプラリーイベントは奥多摩町とau PAYの共催イベント。だからau PAYと無縁な訳がない。四十%オフで買い物したいなら、au PAYをインストールしろ。それを求められることは、最初から分かっていた。
すごすごと引き下がる。家に帰るのである。
しかしまあ、これはこれで、悪くない。久しぶりに長いハイキングができた。気分もすっきり、爽快である。
奥多摩駅で電車に乗り、小作駅で降りて、業務スーパーでカレーの具材を買った。金をたっぷり使って、贅沢な、デラックスカレーを作ろうと思った。
玉葱、椎茸、大蒜、鶏挽肉、冷凍烏賊、冷凍ミックスベジタブル、カレールー。
それらを購入して、家に帰って、米を三合炊き、デラックスなカレーを作って食べた。ハイキングで疲れた体に染み渡る美味。
それから温泉の素を入れた風呂に入った。温泉成分がみるみる体の疲れを癒す。
そして深夜までユーチューブを観続けたあと、布団に入った。久しぶりに感じた、大きな、心地よい疲労感である。朝までぐっすり眠れそうだった。
しかし現実とは、なんと奇妙なものなのか。話は美談で終わらない。
なんとその日から、がっつり体調を崩してしまったのである。
日曜日も、月曜日も、夜は喉が痛すぎて、眠ることができなかった。
健康には最大限、気をつけていた。しかし、がっつり体調を崩した。
なんでだ?
健康的に長いハイキングを楽しんで、デラックスな至高のカレーを食べ、温泉の湯を入れた風呂にゆったりと浸かった。身も心もリフレッシュされ、夜は気持ちよく眠れるはずだった。
そんな美談で、この話は終わるはずだった。
なのになぜ、その夜からがっつり、体調を崩してしまわなければいけなかったのか?
すべてが台無しである。現実というのは、本当にお話にならない。きれいにまとまらない。やたらと複雑になる。
なんでこのタイミングで体調を崩さなければいけないのか?
こんなこと今まで一度もなかった。酒もコーヒーもずっと飲んでいない。毎日トマトジュースを飲んでいる。健康優良生活である。
しかしその不幸も、ありがたいことに、今は通り過ぎてくれている。火曜日の夜はぐっすりと寝れたのである。
現在は、二〇二四年十一月十三日。水曜日。
まだ体調不良から完全に回復したわけではない。しかし、もうほとんど回復している。
やはりトマトが効いたと思う。トマトジュースではなく、やはりリアルトマトが良い。トマトパワーで体調不良を治した私は、そんな風に思っている。
しかし現実というのは、本当にわからない。体調不良を治してくれた一番の功労者は、トマトなのか、牛乳なのか、りんごなのか、柿なのか、茹で卵なのか、素麺なのか、ゴマ煎餅なのか……。
たくさん食べすぎて、よく分からなくなってしまっている。
(完)