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第九回 鷹ノ巣山 二〇一七年八月十四日(月)
投稿日
2025/02/01
八月十四日、前に棒ノ折山に一緒に登った素敵なMS子と、今度は鷹ノ巣山に登ってきた。
「盆休みあたりにぜひまた登山しましょう」と約束していたのだが、それが実現した。最初は川苔山に登ろうという話だったのだが、MS子がぜひ鷹ノ巣山にチャレンジしてみたいとのことだったので、鷹ノ巣山に登ることになった。
鷹ノ巣山には、MS子の友だちが男性二人、女性一人で以前に登ろうと試みたらしいのだが、途中で断念して、引き返したそうだ。そしてその友だちは、「鷹ノ巣山は凄く大変。絶対にやめといたほうがいいよ」と言っていたそうだ。なんでも、その友だちは東日原のバス停から登りはじめ、ヒルメシクイノタワというところまで登ったらしいのだが、そこまで登るのに予想以上に時間がかかってしまったらしく、このままではゴールの時刻が非常に遅くなってしまいそうだったので、登山を途中で断念し、引き返したそうだ。
その話を聞いたMS子は、ずっと鷹ノ巣山が気になっていたとのことだった。
私は以前、鷹ノ巣山に登ったことがあるが、それほど滅茶苦茶大変だったという印象は無かった。だから、「大丈夫ですよ。MS子だったら普通に登れますよ」と、彼女に言った。すると、「じゃあチャレンジしてみたい」、という話になった。
そして八月十四日、奥多摩駅で九時にMS子と待ち合わせした。
この日はお盆休みの期間中にもかかわらず、奥多摩のバスの時刻は平日扱い、いや、どうも普段の平日とも時刻表が違うみたいで、八月十四日は特別な時刻表となっているようだった。わたしはてっきり八月十四日は休日扱いで、九時三十分くらいに東日原行きのバスがあるだろうと思っていたのだが、全然そんなことはなく、九時台のバスは一つも無かった。
東日原バス停へのバスがしばらく来ないので、奥多摩湖まで行って、そこから鷹ノ巣山に登っていくというルートも考えた。その場合のゴールは東日原バス停になる。そして東日原バス停の最終バスは十八時五十七分くらいのようだった。
それでいけそうな気もしたが、十八時五十七分に間に合わない可能性もある。なんといっても、奥多摩湖バス停から鷹ノ巣山に登るルートは、今まで一度も経験が無い。だから、やはり開始は東日原バス停からが良いだろうという結論になった。そしてゴールは奥多摩湖バス停あたりで考えていた。
という訳でバスも無いし、仕方がないので東日原までタクシーで行くことにした。タクシーの料金は三千七十円だった。MS子には本来のルートである東日原からスタートのコースで鷹ノ巣山に登って貰いたいと思ったし、そっちのほうが時間に余裕のあるスムーズな登山になりそうだった。
そして奥多摩駅からタクシーに乗車。タクシーの中で地図をひろげ、今回のコースをMS子に説明していると、タクシーの運転手の方が「ドMなコースですね」と声をかけてきて、そして鷹ノ巣山のコースについて、いろいろと説明をしてくれた。
なんでもその運転手、一人で奥多摩の山々を登りまくっているみたいで、ものすごく奥多摩に詳しい人だった。地名とかコースとか、すらすらと話してくる。奥多摩の遭難スポットや、奥多摩の遭難事件の詳しい話とか、いろいろと教えてくれた。
この日は雨がパラつく日だったのだが、「こんな日が一番遭難が多いんですよ」ということも言っていた。ものすごく奥多摩に詳しい人で、遭難した場合の対処法とか、いろいろと教えてもらえて、とても参考になった。タクシー代は勿体なかったが、奥多摩の山々についての授業料と思うこともできた。
ただ私としては、MS子に対して奥多摩の山々のベテランのような顔をして、さながら教師が生徒に接するような偉そうな態度でMS子に接したいと思っていたのだが、しかし横から本物のベテラン登山者が話に割り込んできて、わたしの無知を徹底的に暴いてくれたので、その点に関しては、かなり有難迷惑というか、「気の利かないやっちゃなー」、などと思ったりした(笑)。そのタクシー運転手にとっては、私も奥多摩の初心者みたいなものだったので、MS子もすっかり私のことを、初心者を見るような目で見るようになった。だから、教師が生徒に接するような偉そうな態度で接するという大いなる野望は、早くも挫折してしまった(笑)。MS子は、「この人、大丈夫なの?」みたいな感じのオーラを発散させて、かなり遭難を心配していた。
そして、いよいよ登山開始。
登りはじめの前半は、とても気持ちの良い道が続いた。川苔山の道のりを彷彿とさせるような、澄んだキレイな川が流れている道のりだ。よっぽど川の水を飲んでみようかと思った。きっとおいしい水だろう。
山頂に向けて半分ほど登ると、かなり疲れてきた。そこからの道のりは非常に長く感じた。
途中からMS子は、「先頭を歩いてもいいですか?」と言ってきて、先頭を交代した。そしてMS子は、ぐいぐいとハイペースで歩き始めた。
しかしなかなか山頂に着かない。MS子の友だちが挫折したというポイントのヒルメシクイノタワにも、なかなか到着しない。
MS子は、「あと何分くらいですかね?」と聞いてきて、私は、「あと十分くらいじゃないですかね」と答えたところから、さらに九十分くらいかかった。「あそこが山頂かな?」と思い、しかしまだ全然山頂では無かった、というパターンが、何回も続いた。
MS子もかなり疲れたようだった。しかしなんとかかんとか、MS子の友だちの挫折ポイントであるヒルメシクイノタワまで到着した。そして、そこからさらに四十五分歩き、とうとう山頂に到着した。
山頂でしばらく、のんびり座って食事をした。
しかしこの日は、まったく人に会わない。一度だけ人とすれ違ったが、それで終わりである。恐ろしく静かな大自然の中を、MS子と二人だけで歩いていた。
トイレ問題に関して。鷹ノ巣山に、トイレは無い。どこかで適当に済ませてしまうしか方法が無い。しかしMS子はそれが非常に抵抗あるみたいで、「ぎりぎりまで我慢したい」と言っていた。そして、九時間にもおよぶ登山になったのだが、結局、最後の最後まで、我慢をやり通した。
女性にとっては、山の適当な場所でトイレを済ませることは、非常に抵抗があるらしい。人は全くいないし、たとえば私が十分くらい先に進んで待っていて、トイレを済ませたMS子と合流するという方法なども考えたのだが、トイレ以外の場所でトイレを済ませることに、MS子は非常に抵抗があるようだった。私のほうは山頂付近で一度だけ、トイレを済ませた。
そして下山。
タクシーの運転手の方がおススメしてくれたコースで、下山することにした。そのコースのゴールは、倉戸口バス停になる。
しかしそのコースには道迷いしやすいポイントがあって、普通に歩いていると、ふいに道が途切れた。そして途中で道を引き返した。そして、とても分かりにくい道を、地図とコンパスを睨みながら、進んで行った。
かなりの悪路だった。狭い道、急な道、滑りやすそうな道、道とは思えないような道、道かどうかわからないような道、そういう道が、何度も出現した。
「あの運転手、僕たちを遭難させようとしてませんかね。ははは」
などと冗談を言いながら進んだ。
MS子は下山の後半、右足が靴ずれで、ひどく痛み出したようだった。後半は悪路で、そして迷いやすい道のりを、苦労しながら進んでいた。霧もけっこう濃かったし、MS子はかなり遭難を心配していた。
私のほうは奥多摩のそんなような道には、けっこう慣れていたので、あまり心配はしていなかった。しかし心配していないほうが、遭難の危険性が高いのかもしれない。
MS子は登山をはじめる前に友だちに、ラインで、登山届け代わりのようなメッセージを送っていた。そして十八時ごろに、もう一度ラインの連絡をするとの事だった。遭難した場合に備えての最低限の備えをしているようだった。
「このくらいのレベルの山に登る時は、登山届けとか、ちゃんと出したほうがいいのかなー」と、私も思った。例えば交番なんかで、「今から登山します」とか言って、「無事に終わったらまた電話します」とか、そんな事でも良いのかもしれない。詳細な登山届を出すのはけっこう億劫なのだが、それをきちんと出しておけば、安心は安心だろう。
悪路の中、MS子は痛む足をかばいながら歩き、なんとか登山は終了した。「やったー」と、MS子はとても安心した顔つきで、満面の笑みを浮かべ、私とハイタッチした。
今回は九時間にも及ぶ過酷な登山になった。MS子は、「私はもっと低い山のほうがいいみたい」と言っていた。それでも鷹ノ巣山を制覇できた事は、とても嬉しいようだった。足が負傷しなければ、もっと楽に登山できたのではないかと思う。下りで靴ずれしたようだ。もっと高性能の登山靴を履いていれば、靴ずれは防げたかもしれない。
倉戸口バス停まで到着して、すぐにバスが来た。それに乗り、奥多摩駅まで戻った。MS子はバスでも乗り物酔いをしてしまい、かなり苦しそうな様子だった。
「最後にお風呂でも入って帰りましょうか」という話もあったのだが、MS子の疲労がとても大きかったので、それは見送りになった。
私は後半、足の負傷や疲労などのため、かなりテンションが下がっていたMS子に対して、ベラベラとお喋りをしてしまい、MS子の疲労とか車酔いとかに、全然気づかなかった。
そのあたりについては、かなり反省している。自分のことを「鈍感男だなー」と思った。MS子は、極限まで疲れている中で、色々と話しかけられ、さぞかし辛かったに違いない。きちんと相手の様子を見て、疲れてるようだったら会話を控えるなどの配慮が必要であるように思った。
それと登山の後の風呂についても、もしかしたらMS子は、風呂に入りたがっている私に合わせて、無理に風呂まで付き合おうとしてくれていたのかもしれない。その点に関しても、無理して付き合わせてしまい、相手の負担になってしまわないように、配慮する必要があるように思った。
なんといっても後半は、疲労でテンションが下がりまくっていたMS子に対して、私は、自分が話したいことを話したいままに、さながらマシンガンのようなトークを繰り広げ、これはちょっと、相当な鈍感男で、「ダメだなー」と思う。基本的に私は、結構、自分が話したいことばかりを話してしまい、あまり人の話を聞いていないかもしれない。
今回も、MS子は色々と友だちとの関係が、最近ギクシャクしてるらしく、それについて、色々相談してくれて、「どう思います?」とか訊いてくれたが、それに対しても、私は、あまり有効な返事は出来なかった。
女性同士の繊細なやり取りというか、デリケートな心配りの問題は、ガサツな私にとっては、未知の世界だ。本気で悩みを相談しているMS子に対して、「女性ってそういうことを考えるんだー」と、そういう風な印象しか浮かばず、友だちとMS子と、どちらが悪いのかとか、どちらが配慮が欠けているのかとか、それも全く判断出来なかった。
「相手が感情的になったときは、こちらも感情的な言葉を返すよりも、相手の怒りがおさまるのを、まず待ったほうがいいと思います」と助言したのだが、それは結構、「なるほどー」と、言って貰えた。その他の助言は、ちょっとイマイチみたいだった。
本当は、「どう思います?」という話で、MS子は率直な意見を聞きたかったに違いなく、ある程度、自分にとって耳が痛いような、批判的な内容でも、言って欲しかったのかもしれない。しかし私はもう、MS子が気に入るような助言を考えるばかりで、まさにMS子の顔色を伺いながらの助言になったので、それがMS子に響かなかったのは、ムリのない話である。
モテるような男性というのは、こういうとき、率直な意見をバシっと言って、叱るときは叱る、みたいな助言をバシっと出来るようなものなのかもしれない。しかし私には、それはあまりにも高等テクニック過ぎた。
というわけで今回、MS子との鷹ノ巣山の登山が、無事成功した。長い登山を付き合ってくれたMS子に、感謝の一日だった。