登山サークル アウトドアチャイルド

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雲取山で遭難か、遭難以外か(5)
投稿日
2024/09/24
秋、42歳の無謀な男が、三峯神社から、夜の道路を歩いていた。
「うわっ、危ねえっ!」
車の運転手は、暗闇の道路を歩いている男に驚いて、悲鳴をあげていた。
三峯神社から下っていく、ぐにゃぐにゃした、蛇行の車道。
真っ暗なその道を、真っ青な顔をした、幽霊のような男が、足元を震わせながら、歩いていた。
「とにかく、最寄駅まで、いかないと……」
彼は、うわごとのように、呟いていた。
彼は、今にも車にひかれてしまいそうだった。
歩道のない、狭い、車道であった。
真っ暗な、ぐにゃぐにゃした、蛇行の道路であった。
そこは、「三峰観光道路」であった。
そこを、死人のような顔色をした男が、泣き顔で、歩いていた。
しかし、30分歩いても、60分歩いても、90分歩いても、道に、変化はなかった。
最寄りの駅につく気配は、まったく無かった。
三峯神社の最寄りの駅は、三峰口駅であった。
彼は、そこまで、歩いて、行こうとしていた。
彼は、ずっと歩いていれば、八王子のような、賑やかな街に出れるだろうと、期待していた。
しかし、三峰口駅までは、歩いていけるような、距離ではなかった。
そして、もしかりに、三峰口駅まで、行けたとしても、三峰口駅は、けっして、栄えている駅ではなかった。
夜はひっそりとした、無人の駅になる。
しかし、そもそも、彼は、三峰口駅のことなど、考える必要はなかった。
そもそも、三峯神社から、三峰口駅まで、歩いていける距離ではなかった。
歩道のない、真っ暗な、狭い車道を歩いている彼は、今にも車にひかれて、死んでしまいそうだった。
やってきた車の運転手は、みんな、びっくりしていた。
まるで、幽霊が歩いているようだった。
いつまで経っても、駅に辿り着きそうになかったので、不安に耐えきれなくなった彼は、思い余って、山ガールの、〝鈍引さん〟に、ラインで、連絡をした。
「今日、雲取山を登って、下りてきて、変な神社について、そこから駅まで歩こうとしているのですが、いつまでたっても、駅につきません。神社から駅までは、けっこう遠いんですかね?」
ラインをもらった〝鈍引さん〟は、驚いた。
「はあ? 三峯? 今、三峯神社にいるんですか?」
「三峯神社かどうかはわかりませんが、なんか、変な、不気味な神社がありました。そこから、もう、二時間くらい歩いているのですが、全然、道が変わりません。ずっと、同じような道を、えんえんと、歩いてます」
「三峯神社から、駅まで歩こうとしてるんですか? そんなの、歩いていける距離じゃありませんよ!」
「大丈夫です。頑張って、歩きます。でも、トンネルがあるかどうかが、心配です。歩道のないトンネルの中を歩くのは、さすがに怖いです」
〝鈍引さん〟は、地図で調べてくれたようだった。
「トンネルは、ないみたいです。でも、駅までなんて、歩いていける距離じゃありません。今すぐに、三峯神社に戻ってください。三峯神社には、確か、宿坊があったと思います。神社の人に頼んで、そこで、泊まらせてもらってください!」
〝鈍引さん〟は、親身なメッセージを送ってくれた。
確かに、三峯神社には、興雲閣という、宿泊施設があった。
「大丈夫ですよ、そんなの、駅まで、頑張って、歩いてみせますよ。トンネルが無いなら、余裕で歩けますよ」
彼は、頑固であった。
しかし実際は、トンネルは、あるのである。
少なくとも、トンネルは、二つ以上は、ある。
〝鈍引さん〟は、それを、見落としていたようだ。
「歩いて駅まで行くのは、絶対に無理ですって。ほら、今すぐ、三峯神社のホームページを見て、三峯神社の人に、電話をかけてください!」
(うるせえなあ、まったく……)
男はそう呟いて、もう、ラインのやり取りを、やめた。
駅までの道のりに、トンネルが、あるのかどうか、それだけを、確かめたかったのだ。
トンネルがないのであれば、駅まで、たどり着けると、彼は思った。
しかし、120分歩いても、150分歩いても、道にまったく、変化はなかった。
ずっと、ぐにゃぐにゃした、狭い、車道が続いていた。
歩道がないので、車が来るたびに、ひかれそうになっていた。
(ああ、もうだめだ……)
彼はとうとう、諦めた。
そして、タクシー会社に、電話した。
「今、どこにいるんですか?」
「どこだか分かりません。神社から、三時間くらい、下ったところにいます。今からこっちに、来てもらませんか。そして、最寄りの駅まで、タクシーに乗せてもらませんか?」
「でも、最寄駅の、三峰口駅は、もう、電車は、終わってますよ?」
「じゃあ、ホテルに泊まります」
「いや、三峰口駅に、ホテルなんか、ありませんよ」
「そうなんですか」
「西武秩父駅まで行かないと、ホテルなんか、ありませんよ」
「じゃあ、西武秩父駅まで、タクシーで、乗せてほしいです」
「でも、タクシー代、けっこうかかっちゃいますけど、大丈夫ですか?」
「いくらくらいですか?」
「一万五千円くらいです」
「そんなにかかるのですか?」
「はい、かかります」
「じゃあ、神社まで、タクシーに乗せてくれませんか? それだったら、安いでしょう?」
「いやいや、わざわざそっちまで行って、神社までしか乗せられないなんて、そりゃ、ちょっと、無理ですね」
「どうしてですか?」
「とにかく、西武秩父駅まで、乗ってもらえるなら、迎えにいきますよ。でも、神社までだったら、ちょっと、わざわざ遠くまで、迎えにいくのは、無理ですね」
と、タクシー会社の人は言った。
そりゃそうだ。
タクシー会社は、ボランティアではないのだ。
もう、三峰口駅の、営業所は、営業終了している。
タクシーが来るなら、西武秩父駅から、来るようだった。
わざわざ、そんなに遠くまで来て、遭難者を探して、タクシーに乗せてやって、神社まで運んで、タクシー代を、たった二千円くらいもらっただけでは、割りにあわない。
そんなの、断るのが、当然だ。
どうして、一万五千円くらい、払わないのか。
タクシー会社の人も、さぞかし、困ったに違いない。
しかし彼は、激怒していた。
「タクシー会社のくせに、神社まで行ってくれないなんて、けしからんじゃないですか! じゃあ、もういいです! もう、頼みません!」
彼は、激怒して、電話を切った。
もう、こうなったら、神社まで、戻るしかなかった。
三時間、歩いてきたが、また、その道を、戻るしかなかった。
その前に、彼は、三峯神社のホームページから、三峯神社の電話番号に、電話をかけた。
「すみません。なんか、そちらで、宿泊できるって、聞いたんですけど」
「ああ、すみません。今日はもう、予約でいっぱいなんですよ」
「え、そうなんですか。困ったな」
「今から、来るつもりだったんですか?」
「はい、そうなんです。神社から、三時間くらい歩いたのですが、いつまで経っても駅につかないから、また、神社に戻って、宿泊させてもらいたいんです」
「ちょっ、ちょっと、あなた、今、どちらにいるんですか?」
「ここがどこだか、わかりません。神社から、三時間くらい、ずっと、歩いてます。車道です。あ、すぐ近くに、工事現場があります」
「ちょっ、ちょっと待ってください。じゃあ、今から車で行きますから、そこから、動かないでください!」
そして、彼のもとに、三峯神社の、救助隊の、車が、やってきた。
(ああ、助かった……)
彼は、救助隊の、車に乗った。
救助隊の人は、トランシーバーで、他の人と、連絡を取り合っていた。
「宿泊施設は、なんとか一部屋、入れるようにしますので、そこで、ゆっくり休んでください」
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます。すみません。本当にすみません」
彼は、恥ずかしいやら、情けないやら、助けに来てくれた、親切な、救助隊の人に、お礼を言ったり、謝ったりを、繰り返していた。
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