登山サークル アウトドアチャイルド

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雲取山で遭難か、遭難以外か(6)
投稿日
2024/09/25
救助された後、興雲閣の〝神の湯〟に浸かった時が、彼の人生の、最大の快楽だった。
雲取山を日帰りで登り、そして、三峯神社から三峰口駅に向かって、三時間歩いて、力尽き、三峯神社の救護隊に助けて貰った彼は、骨の髄まで、疲れ果てていた。
「今日は温泉の機械が故障してしまい、本来の温泉の湯ではないのです。その分、宿泊料金は、お安くさせて頂きますね」
興雲閣の人は、ニッコリ笑って、そう言った。
本当は、興雲閣は、本日、すでに予約でいっぱいだったのだ。
しかし、遭難した彼のために、無理やり、一部屋、空けてくれたのである。
そして、素泊まりの料金で、彼に、宿泊させてくれるのである。
案内された部屋は、清潔で、気持ちの良い部屋であった。
彼は早速、スマートフォンを、充電した。
『その後、どうなりました?』
山ガールの〝鈍引さん〟が、心配して、ラインをしてくれた。
『お陰さまで、神社の人に、助けてもらいました。いやあ、ここのお風呂、最高でした。その湯の気持ち良さは、今までの人生で、最大の快楽でした』
『そうですか。とにかく、無事で良かったです。ホッとしました』
三峯神社に宿泊施設があると、〝鈍引さん〟が、教えてくれたのである。
彼女は、女神であった。
彼を、遭難から救った、ありがたいお方たちの、一人であった。
三峯神社の、救助隊の人も、興雲閣の人も、彼に対して、この上なく、優しかった。
遭難し、衰弱していた彼を、いたわるように、この上なく、優しくしてくれた。
興雲閣の神の湯で、彼の体は、芯まで温まった。
いや、体だけでなく、天使のような方たちの、ありがたい優しさを受け、彼の心まで、まるごと温まった。
かつて、こんなに優しい人たちが、いただろうか?
いや、いなかった。
さすが、三峯神社であった。
そこにいる人たちは、まさに、神の使い。
善良で、心の優しい、天使たちだった。
しかし彼は、悔しかった。
登山中に、夜になり、惨めな泣きっ面で、なんとか、三峯神社に辿り着き、今度は、愚かにも、駅まで歩こうとして、力尽き、また泣きっ面で、三峯神社の人たちに、助けを乞うた。
救助隊の人は、すぐに車で助けに来てくれた。
そして、清潔で気持ちの良い部屋を提供してくれて、そして、ありがたい、〝神の湯〟に、浸からせてくれた。
そこはまさに、極楽浄土であった。
そこにいたのは、神々しい、神の使い――天使たちであった。
しかし彼は、悔しかったのだ。
このまま朝になり、そしてバスに乗って、西武秩父駅まで行って、そして、遭難者のまま、情けなく、家に帰るのが、悔しかったのだ。
それでは完全な負け犬ではないか。
その情けない有り様を、すでに〝鈍引さん〟には、知られてしまっている。
だから彼は、名誉を挽回しなければいけなかった。
そのため彼は、朝4時30分に、すっくと目覚めた。
そして出かける支度をすませ、受付に、下りていく。
「なにか、お菓子でも、買えますか?」
受付の男性は、怪訝そうに、狂人を見る目で、彼を見ていた。
「今から、また登るおつもりですか?」
「そうです」
彼は、得意げに、そう答えた。
受付の人は、呆れながら、売店を開けてくれた。
そして、いくつか、お菓子と飲み物を売ってくれた。
受付で、料金を支払った。
救助にかかったお金も請求されるのではないかと心配したが、そんなことはなく、請求金額は、素泊まり料金だけだった。
それも今回は〝神の湯〟が本来の温泉ではなかったため、通常よりも、安くしてくれていた。
彼は受付の人にお礼を言って、興雲閣を後にした。
そして再び、雲取山の山頂を目指して、登りはじめた。
その登山もまた、ただでは済まない。
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