登山サークル アウトドアチャイルド

登山サークル アウトドアチャイルド

<<「雲取山で遭難か、遭難...」
零円の登山家(1)
投稿日
2024/09/29
2024年9月29日。
日曜日。
10時23分。
小作駅。
ホーム。

大抵のおじさん、おばさんは、自分よりも年下。
野獣は、そういう年齢になっていた。

10時47分。
青梅駅。
ホーム。

野獣は、佇んでいる。
握った拳を、眺めている。
空手。
独学で修得したそれは、どこまでも実践的。
躊躇なく、根元までずっぽりと、眼窩に指を突き刺す。
彼は、危険な男であった。
まさに、人間凶器。

「俺に触れると、ヤケドするぜえ、ふっふっふ……」

彼は、不敵に笑っていた。
一日たりとも、訓練を欠かした事は無い。
殺し合うための訓練である。
彼の空手はスポーツではない。
恐ろしい戦闘術である。
どうやら彼は、宮本武蔵の生まれ変わりである。

百戦百勝。
百KO。
すべて一ラウンドで終わらせている。
最強にして、最狂。
その拳は岩を砕き、その蹴りは竜巻を起こす。

11時14分。
奥多摩行きの電車が、ようやく動き出す。

腕を組み、ドアガラスに映る自分の姿を、じっと見る。
電車の中は賑やかである。
その賑やかさが、彼の心を慰めている。
朝起きて、他者を見ずに、一日を始めるなんて、もう、耐えられない。
まずは、他者を見なければいけない。
他者たちの中こそが、彼の居場所である。
彼は一人では、いたくなかった。

電車は移動を続けていた。
あと二駅で、古里駅である。
そこのセブンイレブンで、なにか美味いものを食う。
そしてその後は、どうしよう?
今日は、ハイキングだろうか、登山だろうか。
いつもは青梅丘陵でのハイキングだが、今日は、登山をするつもりだ。

気になる山があるのである。
その山は、無名。
その山の最寄り駅は、彼の自宅のそれと同じく、小作駅である。
それが何を意味するか?
つまりそう、その山は、自宅から歩いて登れる山である。
つまり、電車賃は零円、その気になれば、家から出発し、一円も使わず、登れる山だという事だ。

12時06分。
古里駅。
ホーム。
緑茶を飲んでいる。
セブンイレブンで買ったアメリカンドッグを、三本食った。
本当は、二本でも良かった。
しかし、野獣は、大食いでなければいけない。
野獣は、古里駅のホームから、山を見上げている。
あれは、鳩ノ巣城山。
先日、野獣は、その山頂に立っている。
それは、なかなかタフな山であった。

今日、これから登る、無名の山は、それに比べると、イージーである。
なんといっても、家から歩ける場所にある、標高244米の、いたって低い山である。

野獣の次回作のテーマに相応しい。
野獣は、「零円の登山家」という作品の、創作を、考えている。
そのための取材として、今日、その無名の山に、登ってみるつもりだ。
今日の天気は、良くない。
少し雨が降っている。
しかし、折りたたみの傘を持ってきているので、問題はない。

零円の登山家、それは、記念すべき、彼の、第二作目の、作品になるだろう。

第一作目も、悪くなかった。
太宰治賞に応募して、一次選考も通らずに、落選してしまった作品ではあるが、彼は、自分では、悪くない作品であると思っている。
確かに、駄作である。
しかし、そんなに悪くない。
自分の第一作目に置くことに、差し支えはない。
その第一作目を、今日もまた、夜にでも、少しだけ、推敲してみても良い。
確かに、拙い部分は、たくさんあるだろう。
しかし、今後も、何度も推敲していけば、少しはマシな作品に、なるかもしれない。

そして、人から、
「どんな小説を書いてるんですか? 読ませてください」
と言われた時には、胸を張って、その作品を見せても良いと、野獣は思っている。
そう思える程度には、悪くない作品である。

そして彼の作品の、第二作目として、「零円の登山家」が、ある。

その作品の主人公は、無職の貧乏人である。
そして、登山好きである。
彼は、登山をしたいが、金が無い。
高尾山に行きたいが、交通費が、もったいない。
そんな彼が、ジオグラフィカで、交通費無料で、登れる山を見つけた。
そしてその山に、登る。
そんな作品である。

「それ、面白いのか?」

どうだろう、面白いのか、面白くないのか、今の段階では、よく分からない。
こればっかりは、書いてみないことには、よく分からない。

「きっと、面白くないぜ?」

確かにそうかもしれん。
しかし、鼻っから、そう決めてかかるのは、良くない。
もしかしたら、面白くなるかもしれないではないか。
どうせ他には、書きたいことなんて、何もないのだし、何も書かないよりは、たとえ駄作になるとしても、書いた方が良いだろ?

「まあ、書きたいなら、書けばいい」

12時46分。
青梅駅。
電車の中。

とりあえず、今日は、河辺駅で降りてみる。
そして、例の山に、登ってみるつもりである。

しかし果たして、登れるのか?

電車は動き出している。
先ほど、アメリカンドックを食べたので、まだ腹は減っていない。
喉も乾いていない。

次はもう、河辺駅である。
<<「雲取山で遭難か、遭難...」