零円の登山家(3)
投稿日
2024/10/01
ぐおーっ。
野獣は、唸っていた。
これから、例の山に、登山である。
標高244米の、無名の、イージーな山ではあるが、それでも、登山は登山である。
だから念の為、彼は、自動販売機で、麦茶を購入した。
そして、河辺駅から、徒歩で、例の山に、向かっていた。
ジオグラフィカを見ながら、歩いていく。
多摩川の、向こう側に、渡らなければいけない。
どこから渡れるのかと思いながら、東に向かって、歩いていく。
車専用の道路を通り過ぎ、少し歩くと、下にくだる道があった。
(ここを下るのだな……)
地図アプリを見ながら、彼は、そう判断する。
そして、下っていく。
すると、小さな神社があった。
その神社で、日曜日のこの日、祭りが行われていた。
このあたりの近所の人たちなのだろう、たくさんの人が、集まっていた。
きっと、この神社に祀られているのは、氏神様で、そして、そこに集まっていたのは、氏子の方たちなのだろう。
野獣は、その祭りに興味津々であったが、自分は部外者のように思われたので、神社に入っていくのは、憚られた。
だから、少しだけ祭りを見物してから、その場を後にした。
そして、「友田水管橋」という、人専用の橋に辿り着き、そこを、渡る。
もうすでに、そのあたりは、小作駅の、南口のエリアだった。
北口エリアはお馴染みだが、南口エリアは、目新しかった。
地図アプリを見ながら、慎重に、進んでいく。
あまり天気が良くない日だったので、そのあたりは、薄暗くて、あまり、人気もなかった。
しかし歩いていると、家の中から、子供の、はしゃぐ声が聞こえてきた。
(ああ、子供って、太陽のように、明るいなあ……)
彼は、そう思う。
そうか、子供って、太陽なのか。
はたとそれに気づく。
どんな暗い場所でも、子供は、そこを、照らすのである。
子供とは、大人にとって、学ぶべき存在であり、つまり、「子供先生」である。
そんなことを、ぼんやり思いながら、歩き続ける。
そしてようやく、山の登り口らしき場所に、たどり着いた。
(ここだな……)
地図アプリには、「友田町」と、書かれている。
その道を、登っていけば、家から歩いて登れる山、標高244米の、無名の山の山頂に、立てるはずである。
さっそく彼は、登山道に、入り込んだ。
むむむっ……
しかし、すぐに頓挫した。
道が、あまりにも悪すぎた。
登山靴は、一瞬で、泥だらけになってしまった。
道がひどくぬかるんでおり、さらに、伸び切った草が、道を塞いでいる。
(ああ、こりゃ、ダメだな……)
彼はすぐに、そう見極め、Uターンした。
登れなかった。
しかし、別の道があるかもしれない。
彼は地図を見ながら、別の道を探しに、歩く。
すると、神社が二つ、出てきた。
愛宕神社と、御嶽神社である。
その愛宕神社は、不思議であった。
その神社には、鳥居だけしか無いのである。
社殿が、無い。
鳥居から登っていくような道もない。
(なんだこれ?)
あまり深く悩まずに、先に進むことにする。
そして、もう一つの、登れそうな道を見つけた。
その道は、歩きやすそうだった。
しかし、その入り口に、「通行止」の看板が、立っている。
(ああ、こりゃ、ダメだな……)
そして彼は、諦めた。
どうやらその、244米の、無名の山、登れそうにない。
まだ別のルートはあるようだが、そのルートまでの道のりは、遠い。
そこから登れるかもしれないが、それを試すのは、またの機会にしよう。
今日はもう、家に帰ろう。
彼は、そう決めた。
「通行止」の看板が立っていたのだから、仕方がない。
それを無視して登って、なにかトラブルでもあったら、たまらない。
君子、危うきには近寄らず、とばかりに、野獣は、今回の登山を、諦めた。
さてさて、帰るか。
そして彼は、帰路についた。