デジタルノベルコンテストVol.1
投稿日
2024/10/16
2024年10月16日。水曜日。
「レシートをくださーい!」
叫んでいた。意志と意志がぶつかり合っていた。そこにはレシートを渡したくないファミリーマートの店員と、レシートを貰いたい私がいた。その女性店員はいつものように頑なに、レシートを出すのを拒んでいた。いつものことなので、私は最初からそれを予測していた。
そして、「レシートをくださーい!」という大絶叫が起こったのである。店内のすべての人にその声を届けようとするかのような、腹から出した大声であった。そして店員は渋々とレシートを差し出した――
10時28分。東京行きの電車の中。電車の中の車椅子コーナーの前で大きな窓の前に立ち、私は大きなため息を吐き出した。
あのファミリーマートの午前中の時間帯には、いつも真面目そうな女性店員がいた。その店員は精密機械のように正確に作業してくれた。レシートを渡さないなんてことは、絶対に無かった。
しかし、今日はその精密機械はいなかった。代わりにいつもは午後から出没するはずの、レシートを頑なに渡さない女性店員がいた。私はいつもその店員を避けていた。店内に入ってその店員がいると、すぐに店を出た。いちいち「レシートを下さい」というのが面倒くさいからである。それに何度言っても毎回絶対にレシートを寄越さない店員に対して、しまいには激怒してしまい、「一体なんど同じことを言わせるんだ! 言われなくてもレシートを寄越せ! 毎回毎回、ふざけるんじゃない!」などと、みっともなく怒鳴ってしまう事態を恐れていた。
私は気が短い性質の人間であった。だから怒ってしまわないようにと、常日頃から心がけていた。
怒りと憎しみの塊になってしまうと、面白い文章も書けないだろう。そう、私はもうかれこれ二十五年以上、小説家志望であった。そして今回、以下の賞に応募しようとしていた。
――――――
【デジタルノベルコンテストVol.1】
要項
締切:2024年10月25日(金)23:59
大賞:5万円+電子書籍出版
文字数:4,000字以上〜20,000字以内
主催:株式会社コルク
作品ジャンル不問。
――――――
私はそれに応募するための、12,350字の小説作品を持っていた。しかしその応募方法に不明点があった。
――――――
<応募方法>
以下の応募フォームより、必要事項をご記入のうえご応募ください。
・原稿には表紙をつけ、そちらにタイトルとお名前(作家名)をご記入ください。
・400文字詰原稿用紙にてご記入ください。
・ファイルの提出形式はMicrosoft word形式(doc/docx)もしくはpdfに限定いたします。
――――――
その不明点とは、「400文字詰原稿用紙にてご記入ください。」というところである。「ファイルの提出形式はMicrosoft word形式(doc/docx)もしくはpdfに限定いたします。」と言っておきながら、「400文字詰原稿用紙にてご記入ください。」と言っているのである。これは一体どういう事だ?
作品はWEB応募である。応募フォームから、作品ファイルを添付して応募する。私の手元には400文字詰原稿用紙のフォーマットがあるので、それで応募することはできるが、原稿用紙のマス目の罫線がない方が、pdfファイルは読みやすくなる。だからマス目の罫線のない形の作品ファイルで応募したい。しかしマス目の罫線つきの原稿用紙フォーマットで応募するようにという指定のように読み取れる。だったらそれで応募すればいいのだが、しかしそれだと読みにくくなってしまう――
というわけで、その点について賞の主催者の株式会社コルクに問い合わせてみることにした。
――――――
デジタルノベルコンテストVol.1に関する問い合わせです。
「400文字詰原稿用紙にてご記入ください。」とのことですが、20字かける20字のフォーマットで提出するという意味になりますでしょうか?
お忙しい中、恐縮です。
ご回答いただけると助かります。
以上、どうぞ宜しくお願い致します。
――――――
それに対する返事は、株式会社コルクの翌営業の間には返ってこなかった。
(なんだよ、返事を返さないつもりかよ……?)
私は落胆しかけていた。
(こういう問い合わせに対する返事を返さないようだと、もう駄目だ。そんな賞には応募しない方が良い……)
私はそう考え、応募をやめようと思った。可愛い自分の作品を、そんな訳の分からない賞に応募したくない。この賞を主催するコルクの代表取締役社長CEOの佐渡島庸平氏はXのフォロワー数が8.2万人もいるような、偉い人物である。しかしその会社の下々の人たちは、所詮、他の会社と同じような、いい加減な人たちなのだろう。いくらCEOだけ立派な人物であったとしても、その会社が立派であるとは限らない。もしかしたら株式会社コルクは、今までにない素晴らしい会社なのではないかと思って期待した私がバカだった。そもそも佐渡島氏のような偉い人物が私なんかを相手にする訳がない。すべての偉い人は私に対して冷淡な態度を取るものだ。
私はそう思い、拗ねてしまう。
(誰が可愛い俺様の作品を、貴様らの賞なんかに応募してやるもんか!)
と考えが変わる。
しかし今日の朝になって、コルクからメールの返事が届いていた。
――――――
M様
お世話になっております。
コルクスタッフです。
この度はデジタルノベルコンテストVol.1について、
ご質問くださりどうもありがとうございました。
ご質問いただきました件、ご記載の通り20文字×20文字のフォーマットで提出いただきますよう、お願いいたします。
そのほかご不明点等ございましたら、ご質問くださいませ。
何卒、よろしくお願いいたします。
――――――
このメールを見て、私は喜色満面である。すぐに返事をかえす。
――――――
コルクスタッフ様
教えていただき、ありがとうございます。
こちら、了解いたしました。
以上、どうぞ宜しくお願い致します。
M
――――――
さあ、舞台の準備は整った。応募する。応募するぞ!