御前山のご利益(3)
投稿日
2024/10/27
電車の中にいる。ようやっとあの初老男から解放された。
実にあれから、また三回も会ってしまった。
下山してると、なぜか初老男はUターンして戻ってきた。それで一回。
戻ってきた後、また後ろから追い抜かれた。それで二回。
境橋バス停にもいた。これで三回。
実に今日は、初老男と十回も会った。
一回目、登山中、後ろから追い抜かれた。
二回目、サス沢山の山頂で休憩していた。
三回目、また後ろから追い抜かれた。
四回目、御前山の山頂で休憩していた。
五回目、避難小屋のトイレで会った
六回目、避難小屋のトイレで再び会った
七回目、下山中、後ろから追い抜かれた。
八回目、なぜかUターンして戻ってきた。
九回目、再び後ろから追い抜かれた。
十回目、境橋バス停にいた。
毎回時間をずらして二度と会わないように調整しながら歩いていたにも関わらず、恐ろしいことに、十回も会ってしまった。さすがにかなり不気味になり、バス停で一緒にバスを待たず、奥多摩駅まで歩いてきた。
今度は奥多摩駅で会うのではないかと心配したが、幸い、その後は会わなかった。まさかこれから青梅駅あたりでまた会うなんてことは、多分無いだろう。
初老男も、ワザとではないのだろう。しかし運命かと思うくらいに、恐ろしくタイミングが合った。ストーカーなのではないかと思ってしまい、かなり不気味に感じた。もし俺が女だったら、相当怖かっただろう。時間をずらして登っていたにも関わらず、十回も会ってしまったのである。
20時49分。家にいる。太腿がつっている。久しぶりの、きつめの登山であった。
しかし御前山、とても良い山であった。広々として、静かであった。
そして色々と考えさせられた。
あの六十五歳くらいの男性は、もしかしたら、若い俺と話がしたくて、わざと何度も顔を合わせたのかもしれない。しかし、ああいう奴に感じよく接してしまうと、スッポンのように食らいついてくる。中高年の孤独には、軽々しく触れてはいけない。溺れかけている奴に手を伸ばすと、全力でしがみついてくる。そしてともに孤独の沼に引きずり込まれてしまう。
(なにが孤独だ……馬鹿がっ!)
偉大なる御前神が授けてくれた折角のご縁は無下にされた。〝初老男〟は、彼を必要としてくれる、ありがたい社長であった。
彼のほうから、「よく会いますね」と、声をかけるべきであった。二人の相性は完璧。彼のほうから話しかければ意気投合して、登山後は一緒に酒を飲みに行くはずであった。
仲良くなった社長のもとで働けば、彼がホームレスになることはなかった――
(完)